屍体少女のSS墓地/4月10日まで休止。新人賞向けの長編書いてます

SS置き場です。アイマス、デレマスメイン。

中多紗江SS 『BADEND、その後』

中多紗江は夢を見ていた。クリスマスイヴに橘と街を歩いている夢だった。それからパパに頼んで取ってもらったプライベートルームのチケットで誰にも邪魔をされずに映画を見る。本当の恋人のように仲睦まじく、二人はぴったりと寄り添っていた。だが紗江が愛を求めて縦横無尽に駆け回る映画の人物に憧憬を抱いたほんのわずかの隙に、橘は紗江の手を離れ、姿を消してしまった。映画館はとても広く、観客はあまりに多い。プライベートルームを飛び出した紗江はどこまでも続く人の波から橘を探し求めて、狂ったように歩き続けた。先輩!先輩!……純一せんぱい!声を嗄らしていくらその名を呼んでも、返事はない。ポーチを落とし、コートも落とし、ヘアゴムが取れて髪を振り乱しながら、紗江は朦朧とした足取りで歩き続けた。凍えるような冷たさと疲れのためにゆっくり意識が遠のいていく。

 紗江がようやく橘を見つけたのは、スクリーンの中だった。彼は冷たいモノクロのスクリーンの中の主人公となり、永遠に同じシーンに刻み込まれていた。

「そんなところにいたんですね、せんぱい……。やっぱりすごくかっこよくて、ステキです……あの、目を離してしまってすいません。怒っちゃいましたよね。私、次は目を離しませんから……。だから、だから、もう帰ってきていただけませんか……。先輩がいないと私……」

紗江はスクリーンの中の橘に頬ずりして、涙を流した。自分もスクリーンの中に入ろうといて、手や頭を酢酸ビニールの生地にこすりつけ続けた。

先輩、と叫んで、泣きながら目を覚ました。呆気にとられた女教師を前にして、紗江は自分が全寮制の女子高に入れられていることを思い出し、物思いの泥沼に沈みながら席についた。教室中の好奇に満ちた目が自分に刺さるのを感じながら、なお紗江は気にも留めなかった。それは現実よりもくっきりとした、奇妙にリアルな夢だった。あの日、紗江は映画館に行くことはなかった。

そして、橘を失ったときのあの喪失感。もう二度と触れることはできないのだという恐怖感。映画の中に彼を見つけたときの絶望の深さまでも、息苦しいほどの圧倒的な現実味を帯びて襲いかかり、刺すように胸をしめつけるのだった。私、何を間違えてしまったんだろうか。紗江は後になって何度も思い返すことになる。橘が本当に紗江の前から姿を消してしまったあとになって、何度も何度も、あの悪夢の説得力について考え、細部に至るまで反芻し、どこかに読み取るべきメッセージが潜んでいはしまいかと、空しい検証を繰り返すのだ。

          つづく