屍体少女のSS墓地/4月10日まで休止。新人賞向けの長編書いてます

SS置き場です。アイマス、デレマスメイン。

FalloutSS「屍は下水に流せ」

 ジェーンは冗談じゃない、冗談じゃないよ、と独り言をつぶやきながら、部屋を歩き回って、何かをがさごそいじっている。ソイヤーは机に向かい、当てつけがましくファイルに顔を近づけていた。こうして集中しているところを見せつければ、静かにしてよ、母さん!という無言の圧力をマイアラークケーキの一欠片ほどはかけられると踏んだからだ。けれども独り言はやまなかった。もしここで思い切った真似をしてみせたら、ノートを床に叩きつけたり、ヒステリックを起こしてみせたりしたら、そんな考えも浮かんできたが、同時にソイヤーはいつもと同じ結論に至る。私が、母に逆らう?そんなことができるとでも?できるはずがない。そこでますますノートに顔を近づけた。

「ソイヤー?」

「え?」ソイヤーは記事を書くふりを続けようとしたが、実をいうと、それまで部屋の中で起きたあらゆる動きを描写できそうなくらいだった。

「ねえ、出かけてくるわ」

「どこへ?こんな夜中に?」

「とにかく出かけてくるわ。行かないといけないのよ」

「言ってらっしゃい」ソイヤーは言った。腹を立てない代わりに、止める理由もないと考えたからだ。

ドアがガタンと閉まり、ソイヤーはほっとして、気分も新たに執筆に戻った。

 実際のところ、あなたの母親はどこへ行ったの、とソイヤーが訊かれたのは、次の日の夜になってからだった。「オールド・チャンは鼻ナシだからね、隠れて怠けているんじゃないだろうね?」コーン畑の一角を束ねる木肌のような皺を刻んだ女が、油断ならない目をぎょろりとソイヤーに向けた。

「いいえ、それが朝から見てないんです」とソイヤーは誠実そうに答えた。

 その翌日、ソイヤーは少しおかしいと思い始めた。なにしろ、部屋のもうひとつのベッドはあいかわらず寝た形跡がないのだ。老獪な女が、唯一安全なねぐらに帰らないはずがない。人の背丈の四倍もあるコンクリートのカベの向こうには恐るべきレイダーとスーパーミュータントが徘徊していて、幸運にも彼らから身を隠せたとしても海岸に潜むマイアラークの餌となるのがオチだ。それならば、村のどこかに隠れているというのか?どうして?

マルコイ・ファザーのところへ行くべきでは?という恐るべき考えが頭に浮かんだ。(「ソイヤーの話を聞いたか?ファザーのところへすっ飛んでいって、母が行方不明です、って訴えたんだって。ところがオールド・チャンはどこにいたと思う……?」)悩むうちにソイヤーは、ひどい労働の疲れから次のように結論づけた。そのうち帰って来るだろう。オールド・チャンはダイヤモンドシティでも一瓶のウイスキーのためにダイヤモンドセキリティ相手に冷や汗をかかせたものだ。あの話を記事にすれば、金になる。誰かが私を賞賛する。セキリティの甘さを……私が……。

 

 失踪から一週間後、ジェーンの死体がチャン家の入り口で見つかった。

 まだ日が出ていない時間に垢が泥にようにこびりついたシャツとジーンズをはいたソイヤーが玄関の階段を下りると、固くて、わずかに弾力のあるものに脚を滑らして、転倒した。それは一週間前に行方不明になっていたジェーンだった。それまで、ソイヤーは母が本当に失踪したものだと思い込んでいた。母は放浪していたとき、廃墟を物色する癖があり、金目のものより、酒を漁っては飲むことを生きがいいにしていた。しかし、この村に入植してからは、よそ者として扱われ、酒はおろか、食べ物すら十分に与えられはしなかった。3年だ。3年この仕打ちに耐えれば、原住民は次の入植者をいびることに夢中になり、私たちの過去を忘れる。それまでの辛抱だ。そうソイヤーに念を押した、慈悲深い太眉をしたユダヤ系の男は、夜の警備中に海からひそかに村に侵入していたマイヤラークに生きたまま腹を裂かれ、村人たちに見守られながら、心臓をむしゃぶりつくされて死んだ。

慌てたソイヤーは、下水処理施設別棟のコントロール室に住む警備・改修担当のマイクに助けを求めた。

「目立つ外傷はない、ラッドバグに喰われたか、こんな季節だ、十分に水分を取ってなかったから、脳みそが縮んで死んでしまったんじゃないか」心底めんどくさいという風にマイクは言った。村で発生した死体を引きずり、下水処理廃棄場に捨てるのはマイクの役目だ。誰も好き好んでやりたい仕事ではない。

「あんた以外に目撃者はいなかったのかい?」

「目撃者?」

「ああ、そうだ。みなの同情を集めるために君が殺したと疑われるかもしれないだろ?他に目撃者がいれば、この事故は簡単だ。誰も悪くない。悪いのは軽率に外に出た、その女ということになる」

「助けてください」

死体処理係は、眉をひそめた。足が8本ある犬を見かけてもこの男はこんな顔をしないだろう。

「いいか、この村ではどれだけ働いたか、どれだけこの村に貢献したかで、その日の飯の量が決まる。それは分かるか」

「ええ、わかります」

「それなら、あんたが今、俺の仕事の邪魔をしている分の食料は、当然分けるということなんだろうな」

ソイヤーはその脅迫めいた言葉に狼狽したが、最終的に承諾した。

「あなたの時間を3時間買います。今夜の食事の分のテイトとコーンを差し上げます。それでいいでしょうか」

「俺と君とでは体格が違う。そのことも考えてくれるなら、承知した。さあ、この村で一番知的なお嬢さん、俺は何をすればいい?」

「母が死んだ原因を知りたいんです」

「入植者がのたれ死ぬのは珍しいことではない。ただそいつが底抜けのマヌケだったというだけだ。わざわざ自分の食べるものを減らしてまで、そんなことを問い詰めようとするものはいない。だが」

「だが?」

「大きな問題が起こった時はミニッツメンという組織に頼み、解決を図ってもらうことがある。凶悪な殺人が起こった場合、または、レイダーやスーパーミュータントが拠点近くで大きな脅威となったときに、マルコイ・ファザーにフレアガンでミニッツメンの助けを呼ぶ手筈になっている」

「オーケー。村長に頼み込んでみるわ」

これはチャンスだと、ソイヤーは考えた。この村でまともな文字を書ける人間は私しかいない。これを機に母の死の秘密を暴いて、この村の陰湿さの秘密を記事にする。ダイヤモンドシティでこの記事を新聞にしてもらえるように頼み込んでみよう。うまくいけば、承諾してくれるはずだ。一目置かれる存在になるにはきっかけが必要なのだ。たとえ、それが母の死だとしても……。

 

 

 マルコイ・ファザーは老人の常とは異なり、人当たりがよく、辛抱強く、ユーモアがあり、思慮深いふるまいに経験の深さがにじみ出ている老人だった。ファザーは注意深く耳を傾けて訊いた。「確かに不自然な死体だ。お前は運がいい。ミニッツメンが今、定期査察のためにこちらに向かっている。次いでに聞いてみるとしよう」

 ミニッツメンは大きなレイザーライフルを持った、冷たい印象の女性だった。

「フランチェスコ沿岸部巡回を担当するアニーよ。名前は何と言いましたっけ?チョン・レイヤー?」

「ソイヤーです。チャン・ソイヤー」

「分かった。ソイヤー、君の母の死は気の毒だった。だが、今やただの死体だ。君はこの死体がどうして我々が対処すべき事項だと判断したんだ?」

臨時会議のために集められた食料管理のヤン・メイは不機嫌を隠せないという様子で、足をせわしなく動かしながらソイヤーに視線を向けた。「ソイヤー?ソイヤー?最初の文字は?」「Sよ。それからO。S・O・Y・Y・E・R」「もっとゆっくり言ってくれ、頼むから!」記憶係のニコライと、ファザーの補佐であるミス・マーサがほとんど叫ぶように話しているのが聞こえた。

「ソイヤー?」

「はい、母がなんらかの自然死ならば、一週間行方が分からなかった道理がありません。ブラッドバグか、マイヤラークの襲撃か、他殺であると判断すべきと考えました」ソイヤーは一字一字注意深く発音した。

「ちょっと待て」メイは眉をひそめて、口をはさんだ。

「自然死?その、なんだ、それは?」

「寿命で死んだとか、階段から落ちて死んだというには不自然だということです」ソイヤーは不安げに答えた。

「ああ」

「母は発見したときには死んで時間が経っていないようでした。それから母の首には小さな赤い斑点がびっしりとついていました。ちょうどテイトと同じ程度の大きさで、びっしりと」

 村人たちは各々勝手に自分の意見をしゃべりはじめた。

「ブラッドバグは危険だ。奴らはパイプピストルじゃ歯が立たない」

「ありえない!マイアラークなら死体がずたずたになるだろう!」

「ねえ、今日はちゃんと食料は分配されるんでしょうね」

「まったく新しい入植者は面倒しか持ち込まない!」

 ミニッツメンのアニーは右手を掲げて、村人を沈黙させた。

「ソイヤー、残念だが外敵という線はないだろう。知性を持たないウェイストランドの生物が、侵略もせず、遺体を食べないなんてことがあるはずがない。誰かが君の母親を殺したということもありえないことだ。君の母は君の家の前で死んでいた。それなら君の母が悲鳴を上げて、君が気付いてもいいはずだ。そうだろ?」

 村人は、この仕打ちを責めるようにしきりにうなずいた。

「お願いです。ミニッツメンの慈悲を。母が死んだのです。私のたった一人の肉親なのです」

「あの、いいですかな」今まで黙っていた鼻ナシのグラムが恐る恐る手を挙げた。

「どうぞ」は促した。

「私は、その人を一昨日見かけました」

村人たちはざわついた。

「確かに覚えています。覚えていますよ!その方は、貯水場の橋の上で誰かを待っているようでした。今のような薄着ではなく、革のジャケットのようなものを羽織っていたように見えました」

「夏に革のジャケット、ですか?」アニーは訊き返した。

「母はそんな服を持ってはいません」

「とにかくです。農作業に携わる者があんな所にいる理由はありません。誰かがそこに連れてきたと考えるべきではないでしょうか?私からは以上です」鼻ナシグラムはそう言って口を閉ざした。

「そういえば、私、あの女を見たかもしれない」メイは言った。

「なんだって。なぜ、それを先に言わない。ミズ・メイ」アニーは責めるように言った。

「なに、私が悪いっての!いつも私ばっかり!一体、なんだってのよ!このアバズレ!」

「落ち着きなさい、ミズ・メイ」ファザーは雌犬をなだめた。

「私が見たのは、黒いジャケットを着た女ってだけよ。その老婆とは限らないじゃない。ええと、この施設の屋上にある、エネルギー管理室に入っていくのを見かけたの。時間は……日が暮れる頃だったと思う。なんせ、その時はプロビジョナーが運んできたジャンクを分解するのに躍起だったから」

「エネルギー管理室には登れない」ファザーは咎めるように言った。

「知らないわよ。見たものを見たと言ってるだけじゃない!」

「よろしいミズ・メイ。ソイヤー、ジェーンは何をしようとしていたか、予想はつくか。彼女の目的が分かれば問題の糸口が見えるかもしれない」

「わかりません」ソイヤーは唇をかんだ。

「わからない?君の母親だろう」

「それがわからないんです。この村に来てから、その、頭が少しおかしくなっているようでした」

 非難の目がソイヤーに集まった。

「危険な旅を終えて、安心したからかもしれません。ここは、他の土地と違って、ダイヤモンドシティを除いてですが、かなり安全なようでしたから」

「テイトとマイアラークの肉のおかげさ、質のいいね」村長は口を挟んだ。

「わからない、ね。誰かジェーンさんがどんな人間か知るものはいないのか、この土地に来て3年にもなるのだろう」

「ああ、ジェーンのことは覚えているよ」記憶をつけることをすっかり諦めたニコライがそう言った。「人の顔を覚えるのは得意なのさ。文字と違ってな。元気な婆さんだったよ。鼻ナシなのにな。少々元気すぎるぐらいにな。目がいつも充血していたような気がするな」

「布をはぎ取るのがうまい婆さんだったな。ああ、俺も覚えているとも。ジャンクから布を取り出す腕はちょっとしたものだったよ。センスのないものが取ると、ほとんどの生地をダメにするものだからな。全く全ての女があれだけ布を取るのが上手ければ、もっとベッドが快適になるだろうに」退屈そうに聞いていたマイクが言った。

「とにかく、才能のある女はほとんどいない。みんな農作業で手がむくれてしまうからな」マイクは手についた黒ずんだオイルをジーンズで拭う。「おかしいな。あの婆さん、3年前は鼻ナシ(グール)ではなかったんじゃないか。3年で急激にグールになるなんてあるのか」

「ただの一度も」アニーはソイヤーに訊いた。「ほんの一言でも、行きたい場所のことを言ってなかったのだね?どこか別の村とか」

「人造人間さ」太ったミス・マーサが甲高い声をあげた。

「人造人間に違いないよ。その女」

「えっ、違います」ぎょっとしたようにソイヤーは言った。

「人造人間は消すべきだ、絶対に」ニコライが血相を変えて、叫んだ。

「いや、しかし」鼻ナシグラムは礼儀正しく手を挙げて言った。

「諸君、人造人間という保証はどこにもないではないか」

「人造人間でないという保証もどこにもないだろ」ニコライは怒りの表情を浮かべた。

「いや、それは」

「いずれにしろ」ファザーは村人たちを見渡した。「正義感あふれるミス・ソイヤーは残念ながら、母のことを何も知らないようだ。これでは、手がかりも何もないだろう。人造人間だったとしたら、壊すべきだったのだ。これで結論はついた。どうだろう、ミズ・アニー」

「待ってください。こんな、ひどいことはありません。どうか、正義心を持ってください」

「人造人間なら部品が身体に埋め込まれている筈だ!」鼻なしグラムが声を荒げた。

「黙れ!グールの分際で!」ミス・マーサが勢いよく立ち上がる。

「みなさん、静粛に。連邦は民主主義を重んじます。ジェーンが人造人間と思う者は右手を挙げて下さい」

村人たちの手が全て挙がった。グラムとソイヤーを除いて。

「よろしい。結論を出そう。あの老いた女は人造人間だった」アニーは冷たく言い放った。

ああ、人造人間だ。そうだ。ああ、恐ろしい。神よ……。村人たちは各々勝手なことをつぶやきながら、下水処理施設から一人、また一人と出て行った。

 その夏、完全に一人身になったソイヤーは隣人のマイクと結婚し、下水処理のコントロールルームへ荷物を運んだ。ソイヤーに残されたものはさび付いたパイプピストルとべこべこにへこんだ緑色のキャップ袋だけだ。農作業の合間に、ソイヤーとマイクは母の死体を運ぶのを許された。屍を下水処理の廃棄処分所の水の中に投げ込んだ。二人は、亡くなったジェーンを思って泣いたりしなかったが、ときおりソイヤーは白いハンカチで目頭を押さえていた。なにしろ母の死と引き換えに失ったキャップを惜しまずにはいられなかったからだ。細かい断片になった死体はやがて海に流され、二度と海面に浮かび上がっては来ないだろう。

 

 

 

  

                                         END

 

 

 <Fallout 用語>

マイアラーク……ウェイストランドで放射能を浴びたカニの変異種。人並の大きさがあり、水のある所ならどこにでも生息している。巨大なマイアラーククイーンとマイアラークキングを頂点とした社会性を持ち、集団で村を襲うことも。気性が荒く肉食。

スーパーミュータント……核戦争前に遺伝子操作により生み出された新人類。放射能により変異し、強靭な肉体と緑色の皮膚を持った恐ろしい種族。人間を好んで食べる。

レイダー……人間の賊。結束力は乏しいものの凶暴さにより権力の上下を決めている危険な集団。時や場所や相手を選ばず、襲い掛かる。

ブラッドバグ……ウェイストランドの放射能を浴びて巨大化した蚊。死体に群がり、近くにいる生物に襲い掛かる。巨大な針に血を吸われてしまったならば、命はない。

人造人間……ウェイストランドの謎の組織インシチェチュートが作り出した人間によく似た機械。人間を誘拐し、その人間の代わりに人造人間を送り込む事件が発生して以来、連邦中で恐れられている存在。機械らしい第一世代から、全く人間と見分けがつかない第三世代などいくつかのバージョンが存在する。