屍体少女のSS墓地/4月10日まで休止。新人賞向けの長編書いてます

SS置き場です。アイマス、デレマスメイン。

FalloutSS「屍は下水に流せ」

 ジェーンは冗談じゃない、冗談じゃないよ、と独り言をつぶやきながら、部屋を歩き回って、何かをがさごそいじっている。ソイヤーは机に向かい、当てつけがましくファイルに顔を近づけていた。こうして集中しているところを見せつければ、静かにしてよ、母さん!という無言の圧力をマイアラークケーキの一欠片ほどはかけられると踏んだからだ。けれども独り言はやまなかった。もしここで思い切った真似をしてみせたら、ノートを床に叩きつけたり、ヒステリックを起こしてみせたりしたら、そんな考えも浮かんできたが、同時にソイヤーはいつもと同じ結論に至る。私が、母に逆らう?そんなことができるとでも?できるはずがない。そこでますますノートに顔を近づけた。

「ソイヤー?」

「え?」ソイヤーは記事を書くふりを続けようとしたが、実をいうと、それまで部屋の中で起きたあらゆる動きを描写できそうなくらいだった。

「ねえ、出かけてくるわ」

「どこへ?こんな夜中に?」

「とにかく出かけてくるわ。行かないといけないのよ」

「言ってらっしゃい」ソイヤーは言った。腹を立てない代わりに、止める理由もないと考えたからだ。

ドアがガタンと閉まり、ソイヤーはほっとして、気分も新たに執筆に戻った。

 実際のところ、あなたの母親はどこへ行ったの、とソイヤーが訊かれたのは、次の日の夜になってからだった。「オールド・チャンは鼻ナシだからね、隠れて怠けているんじゃないだろうね?」コーン畑の一角を束ねる木肌のような皺を刻んだ女が、油断ならない目をぎょろりとソイヤーに向けた。

「いいえ、それが朝から見てないんです」とソイヤーは誠実そうに答えた。

 その翌日、ソイヤーは少しおかしいと思い始めた。なにしろ、部屋のもうひとつのベッドはあいかわらず寝た形跡がないのだ。老獪な女が、唯一安全なねぐらに帰らないはずがない。人の背丈の四倍もあるコンクリートのカベの向こうには恐るべきレイダーとスーパーミュータントが徘徊していて、幸運にも彼らから身を隠せたとしても海岸に潜むマイアラークの餌となるのがオチだ。それならば、村のどこかに隠れているというのか?どうして?

マルコイ・ファザーのところへ行くべきでは?という恐るべき考えが頭に浮かんだ。(「ソイヤーの話を聞いたか?ファザーのところへすっ飛んでいって、母が行方不明です、って訴えたんだって。ところがオールド・チャンはどこにいたと思う……?」)悩むうちにソイヤーは、ひどい労働の疲れから次のように結論づけた。そのうち帰って来るだろう。オールド・チャンはダイヤモンドシティでも一瓶のウイスキーのためにダイヤモンドセキリティ相手に冷や汗をかかせたものだ。あの話を記事にすれば、金になる。誰かが私を賞賛する。セキリティの甘さを……私が……。

 

 失踪から一週間後、ジェーンの死体がチャン家の入り口で見つかった。

 まだ日が出ていない時間に垢が泥にようにこびりついたシャツとジーンズをはいたソイヤーが玄関の階段を下りると、固くて、わずかに弾力のあるものに脚を滑らして、転倒した。それは一週間前に行方不明になっていたジェーンだった。それまで、ソイヤーは母が本当に失踪したものだと思い込んでいた。母は放浪していたとき、廃墟を物色する癖があり、金目のものより、酒を漁っては飲むことを生きがいいにしていた。しかし、この村に入植してからは、よそ者として扱われ、酒はおろか、食べ物すら十分に与えられはしなかった。3年だ。3年この仕打ちに耐えれば、原住民は次の入植者をいびることに夢中になり、私たちの過去を忘れる。それまでの辛抱だ。そうソイヤーに念を押した、慈悲深い太眉をしたユダヤ系の男は、夜の警備中に海からひそかに村に侵入していたマイヤラークに生きたまま腹を裂かれ、村人たちに見守られながら、心臓をむしゃぶりつくされて死んだ。

慌てたソイヤーは、下水処理施設別棟のコントロール室に住む警備・改修担当のマイクに助けを求めた。

「目立つ外傷はない、ラッドバグに喰われたか、こんな季節だ、十分に水分を取ってなかったから、脳みそが縮んで死んでしまったんじゃないか」心底めんどくさいという風にマイクは言った。村で発生した死体を引きずり、下水処理廃棄場に捨てるのはマイクの役目だ。誰も好き好んでやりたい仕事ではない。

「あんた以外に目撃者はいなかったのかい?」

「目撃者?」

「ああ、そうだ。みなの同情を集めるために君が殺したと疑われるかもしれないだろ?他に目撃者がいれば、この事故は簡単だ。誰も悪くない。悪いのは軽率に外に出た、その女ということになる」

「助けてください」

死体処理係は、眉をひそめた。足が8本ある犬を見かけてもこの男はこんな顔をしないだろう。

「いいか、この村ではどれだけ働いたか、どれだけこの村に貢献したかで、その日の飯の量が決まる。それは分かるか」

「ええ、わかります」

「それなら、あんたが今、俺の仕事の邪魔をしている分の食料は、当然分けるということなんだろうな」

ソイヤーはその脅迫めいた言葉に狼狽したが、最終的に承諾した。

「あなたの時間を3時間買います。今夜の食事の分のテイトとコーンを差し上げます。それでいいでしょうか」

「俺と君とでは体格が違う。そのことも考えてくれるなら、承知した。さあ、この村で一番知的なお嬢さん、俺は何をすればいい?」

「母が死んだ原因を知りたいんです」

「入植者がのたれ死ぬのは珍しいことではない。ただそいつが底抜けのマヌケだったというだけだ。わざわざ自分の食べるものを減らしてまで、そんなことを問い詰めようとするものはいない。だが」

「だが?」

「大きな問題が起こった時はミニッツメンという組織に頼み、解決を図ってもらうことがある。凶悪な殺人が起こった場合、または、レイダーやスーパーミュータントが拠点近くで大きな脅威となったときに、マルコイ・ファザーにフレアガンでミニッツメンの助けを呼ぶ手筈になっている」

「オーケー。村長に頼み込んでみるわ」

これはチャンスだと、ソイヤーは考えた。この村でまともな文字を書ける人間は私しかいない。これを機に母の死の秘密を暴いて、この村の陰湿さの秘密を記事にする。ダイヤモンドシティでこの記事を新聞にしてもらえるように頼み込んでみよう。うまくいけば、承諾してくれるはずだ。一目置かれる存在になるにはきっかけが必要なのだ。たとえ、それが母の死だとしても……。

 

 

 マルコイ・ファザーは老人の常とは異なり、人当たりがよく、辛抱強く、ユーモアがあり、思慮深いふるまいに経験の深さがにじみ出ている老人だった。ファザーは注意深く耳を傾けて訊いた。「確かに不自然な死体だ。お前は運がいい。ミニッツメンが今、定期査察のためにこちらに向かっている。次いでに聞いてみるとしよう」

 ミニッツメンは大きなレイザーライフルを持った、冷たい印象の女性だった。

「フランチェスコ沿岸部巡回を担当するアニーよ。名前は何と言いましたっけ?チョン・レイヤー?」

「ソイヤーです。チャン・ソイヤー」

「分かった。ソイヤー、君の母の死は気の毒だった。だが、今やただの死体だ。君はこの死体がどうして我々が対処すべき事項だと判断したんだ?」

臨時会議のために集められた食料管理のヤン・メイは不機嫌を隠せないという様子で、足をせわしなく動かしながらソイヤーに視線を向けた。「ソイヤー?ソイヤー?最初の文字は?」「Sよ。それからO。S・O・Y・Y・E・R」「もっとゆっくり言ってくれ、頼むから!」記憶係のニコライと、ファザーの補佐であるミス・マーサがほとんど叫ぶように話しているのが聞こえた。

「ソイヤー?」

「はい、母がなんらかの自然死ならば、一週間行方が分からなかった道理がありません。ブラッドバグか、マイヤラークの襲撃か、他殺であると判断すべきと考えました」ソイヤーは一字一字注意深く発音した。

「ちょっと待て」メイは眉をひそめて、口をはさんだ。

「自然死?その、なんだ、それは?」

「寿命で死んだとか、階段から落ちて死んだというには不自然だということです」ソイヤーは不安げに答えた。

「ああ」

「母は発見したときには死んで時間が経っていないようでした。それから母の首には小さな赤い斑点がびっしりとついていました。ちょうどテイトと同じ程度の大きさで、びっしりと」

 村人たちは各々勝手に自分の意見をしゃべりはじめた。

「ブラッドバグは危険だ。奴らはパイプピストルじゃ歯が立たない」

「ありえない!マイアラークなら死体がずたずたになるだろう!」

「ねえ、今日はちゃんと食料は分配されるんでしょうね」

「まったく新しい入植者は面倒しか持ち込まない!」

 ミニッツメンのアニーは右手を掲げて、村人を沈黙させた。

「ソイヤー、残念だが外敵という線はないだろう。知性を持たないウェイストランドの生物が、侵略もせず、遺体を食べないなんてことがあるはずがない。誰かが君の母親を殺したということもありえないことだ。君の母は君の家の前で死んでいた。それなら君の母が悲鳴を上げて、君が気付いてもいいはずだ。そうだろ?」

 村人は、この仕打ちを責めるようにしきりにうなずいた。

「お願いです。ミニッツメンの慈悲を。母が死んだのです。私のたった一人の肉親なのです」

「あの、いいですかな」今まで黙っていた鼻ナシのグラムが恐る恐る手を挙げた。

「どうぞ」は促した。

「私は、その人を一昨日見かけました」

村人たちはざわついた。

「確かに覚えています。覚えていますよ!その方は、貯水場の橋の上で誰かを待っているようでした。今のような薄着ではなく、革のジャケットのようなものを羽織っていたように見えました」

「夏に革のジャケット、ですか?」アニーは訊き返した。

「母はそんな服を持ってはいません」

「とにかくです。農作業に携わる者があんな所にいる理由はありません。誰かがそこに連れてきたと考えるべきではないでしょうか?私からは以上です」鼻ナシグラムはそう言って口を閉ざした。

「そういえば、私、あの女を見たかもしれない」メイは言った。

「なんだって。なぜ、それを先に言わない。ミズ・メイ」アニーは責めるように言った。

「なに、私が悪いっての!いつも私ばっかり!一体、なんだってのよ!このアバズレ!」

「落ち着きなさい、ミズ・メイ」ファザーは雌犬をなだめた。

「私が見たのは、黒いジャケットを着た女ってだけよ。その老婆とは限らないじゃない。ええと、この施設の屋上にある、エネルギー管理室に入っていくのを見かけたの。時間は……日が暮れる頃だったと思う。なんせ、その時はプロビジョナーが運んできたジャンクを分解するのに躍起だったから」

「エネルギー管理室には登れない」ファザーは咎めるように言った。

「知らないわよ。見たものを見たと言ってるだけじゃない!」

「よろしいミズ・メイ。ソイヤー、ジェーンは何をしようとしていたか、予想はつくか。彼女の目的が分かれば問題の糸口が見えるかもしれない」

「わかりません」ソイヤーは唇をかんだ。

「わからない?君の母親だろう」

「それがわからないんです。この村に来てから、その、頭が少しおかしくなっているようでした」

 非難の目がソイヤーに集まった。

「危険な旅を終えて、安心したからかもしれません。ここは、他の土地と違って、ダイヤモンドシティを除いてですが、かなり安全なようでしたから」

「テイトとマイアラークの肉のおかげさ、質のいいね」村長は口を挟んだ。

「わからない、ね。誰かジェーンさんがどんな人間か知るものはいないのか、この土地に来て3年にもなるのだろう」

「ああ、ジェーンのことは覚えているよ」記憶をつけることをすっかり諦めたニコライがそう言った。「人の顔を覚えるのは得意なのさ。文字と違ってな。元気な婆さんだったよ。鼻ナシなのにな。少々元気すぎるぐらいにな。目がいつも充血していたような気がするな」

「布をはぎ取るのがうまい婆さんだったな。ああ、俺も覚えているとも。ジャンクから布を取り出す腕はちょっとしたものだったよ。センスのないものが取ると、ほとんどの生地をダメにするものだからな。全く全ての女があれだけ布を取るのが上手ければ、もっとベッドが快適になるだろうに」退屈そうに聞いていたマイクが言った。

「とにかく、才能のある女はほとんどいない。みんな農作業で手がむくれてしまうからな」マイクは手についた黒ずんだオイルをジーンズで拭う。「おかしいな。あの婆さん、3年前は鼻ナシ(グール)ではなかったんじゃないか。3年で急激にグールになるなんてあるのか」

「ただの一度も」アニーはソイヤーに訊いた。「ほんの一言でも、行きたい場所のことを言ってなかったのだね?どこか別の村とか」

「人造人間さ」太ったミス・マーサが甲高い声をあげた。

「人造人間に違いないよ。その女」

「えっ、違います」ぎょっとしたようにソイヤーは言った。

「人造人間は消すべきだ、絶対に」ニコライが血相を変えて、叫んだ。

「いや、しかし」鼻ナシグラムは礼儀正しく手を挙げて言った。

「諸君、人造人間という保証はどこにもないではないか」

「人造人間でないという保証もどこにもないだろ」ニコライは怒りの表情を浮かべた。

「いや、それは」

「いずれにしろ」ファザーは村人たちを見渡した。「正義感あふれるミス・ソイヤーは残念ながら、母のことを何も知らないようだ。これでは、手がかりも何もないだろう。人造人間だったとしたら、壊すべきだったのだ。これで結論はついた。どうだろう、ミズ・アニー」

「待ってください。こんな、ひどいことはありません。どうか、正義心を持ってください」

「人造人間なら部品が身体に埋め込まれている筈だ!」鼻なしグラムが声を荒げた。

「黙れ!グールの分際で!」ミス・マーサが勢いよく立ち上がる。

「みなさん、静粛に。連邦は民主主義を重んじます。ジェーンが人造人間と思う者は右手を挙げて下さい」

村人たちの手が全て挙がった。グラムとソイヤーを除いて。

「よろしい。結論を出そう。あの老いた女は人造人間だった」アニーは冷たく言い放った。

ああ、人造人間だ。そうだ。ああ、恐ろしい。神よ……。村人たちは各々勝手なことをつぶやきながら、下水処理施設から一人、また一人と出て行った。

 その夏、完全に一人身になったソイヤーは隣人のマイクと結婚し、下水処理のコントロールルームへ荷物を運んだ。ソイヤーに残されたものはさび付いたパイプピストルとべこべこにへこんだ緑色のキャップ袋だけだ。農作業の合間に、ソイヤーとマイクは母の死体を運ぶのを許された。屍を下水処理の廃棄処分所の水の中に投げ込んだ。二人は、亡くなったジェーンを思って泣いたりしなかったが、ときおりソイヤーは白いハンカチで目頭を押さえていた。なにしろ母の死と引き換えに失ったキャップを惜しまずにはいられなかったからだ。細かい断片になった死体はやがて海に流され、二度と海面に浮かび上がっては来ないだろう。

 

 

 

  

                                         END

 

 

 <Fallout 用語>

マイアラーク……ウェイストランドで放射能を浴びたカニの変異種。人並の大きさがあり、水のある所ならどこにでも生息している。巨大なマイアラーククイーンとマイアラークキングを頂点とした社会性を持ち、集団で村を襲うことも。気性が荒く肉食。

スーパーミュータント……核戦争前に遺伝子操作により生み出された新人類。放射能により変異し、強靭な肉体と緑色の皮膚を持った恐ろしい種族。人間を好んで食べる。

レイダー……人間の賊。結束力は乏しいものの凶暴さにより権力の上下を決めている危険な集団。時や場所や相手を選ばず、襲い掛かる。

ブラッドバグ……ウェイストランドの放射能を浴びて巨大化した蚊。死体に群がり、近くにいる生物に襲い掛かる。巨大な針に血を吸われてしまったならば、命はない。

人造人間……ウェイストランドの謎の組織インシチェチュートが作り出した人間によく似た機械。人間を誘拐し、その人間の代わりに人造人間を送り込む事件が発生して以来、連邦中で恐れられている存在。機械らしい第一世代から、全く人間と見分けがつかない第三世代などいくつかのバージョンが存在する。

みくりーなSS「りーなは雨の音を理解する」

女の子ってホントに分からない。

不可解で不愉快でつぶさにぐったり。時々ひどくうんざり。

特にこんな日はたまったものじゃない。

「で、夏樹ちゃんも来るの?」

「いや、菜奈ちゃんと打合せしないといけないからって……そんな言い方しなくてよくない?」

「……」

むっつりと眉をしかめてふくれっ面。今日のみくちゃん、ちょっと不細工。似合わない表情に胸の中にもやもやしたものが溜まる。借りてきた猫の気持ちってこんな感じ?むー。

「ヤベスポコユス……心配、です。なんだか、今日の二人、いつもより仲悪いみたいです」

「「そんなことないにゃ!/から!」」

「そこは息が合うんだ……」

 美波ーニャと私たちはダブルデートに来ている。

東京浅草かっぱ橋の金物ロード。正確には道具街?ほんの少しだけほこりを被った鍋や大釜が所狭しと置かれたお店を見て回る。

ヴァルショイ!カッコイイです!とアーニャが目を輝かせながら感嘆の声を挙げている。なんというか、確かにホンモノ!古い!職人!って感じがしてサイコーにロックな感じ。流行に流されないで、本質?をついてる感じが?

「みくちゃん、もしかして具合悪い?」美波ちゃんがみくちゃんに心配げに声をかける。

「あっ、ごめん。全然、大丈夫。体調はいいから、美波ちゃんは心配しないで」

「シュバリーシカ……みくにゃんが心配です」

「ううう、ホントに大丈夫だから」

「みくにゃん」

「ん?」

アーニャが手をひしゃくのように曲げて猫のポーズを取り、「にゃー」と言って小首をかしげた。

「「「!!!」」」

「元気、出ましたか?」

顔を赤らめて、こくこくとみくが頷く。

「それは、よかったです」アーニャの微笑みに私は落ち着かなくなる。いや、美波ちゃんほどではないけど。美波ちゃん、鼻血出しながら涙流さないで。変質者みたいだから。一遍の悔いなしみたいな顔もやめて。アイドルとしてNGだから!

 

 

 

 明治時代風の家具で統一された、こじんまりとした喫茶店に入り、カフェオレを注文する。

「りーな、折り入って聞きたいこと、あります」

「えっ、私に?」

「はい、私もロックについて、知りたいです。教えてくれませんか?」

「あ、あああいいよ!うん!ロックね!ロック」

「……これはダメなヤツにゃ」

「バリショーェスパシーバ!ありがとうございます!」

「ロックは……ギターだよねぇ」

「ギターですか!カッコイイです!」

「あ、うん。そうそう!それから……プログレとか」

「ダー!ワタシ、プログレ知ってます!マイク・オールドフィールドやアレアとかですね!」

「そ、そうなんだよ!アーニャちゃんはロック分かってるねえ!」

「では、ロックはギターでプログレッシブなのですね!」

「ま、まあ、そうかな~」

 大変まずいことになった。

目線でSOSを訴えていると、美波がさりげなく話題を変えてくれた。

 ふう、なつきちみたいにこれがロックだってギターをかき鳴らせたらどんなにカッコ良かったか、でもいつか、頑張り続ければ私もなつきちみたいになれるかもしれない、その考えに少しだけ胸が躍る。私、今歌いたい、みくちゃんと。みくちゃんはどうだろう。ふと隣の席を見るとみくは美波とアーニャの会話に笑みを浮かべながら、カフェオレをチェイサーでぐるぐる混ぜていた。結局、みくは冷めたカフェオレを最後まで飲まなかった。

 喫茶店を出て、今度は駅からかっぱ橋と反対の道を歩いていく。

「ここが江戸東京博物館ね。こういう所アーニャちゃん喜びそうだから私も一度来たかったの」

「ダー!ワタシ、お城大好きです!特に犬山城はナイヴィッシィです!川岸の高い崖の上にある木造の天守がとても美しいです。ワタシ一度行ってみたいです!」

「そ、そうなんだ。ここは江戸中心だからそれはちょっと展示されてないかなぁ」

「なら、新撰組とかどうかな。江戸ならあるんじゃない。ね、みくちゃん?」

「ソウダネ」

「……」

 えっ。

「あ、ほら、みくちゃん、飲み物買ってこようか。咽喉渇いたでしょ」

「渇いてない」

「ホントに?みくちゃん、汗っかきだからこまめな水分補給もアイドルの仕事にゃとか言ってたじゃない」

「自分の持ってるもん」

「えっ?持ってなかったでしょ」

「持ってるもん」

「……」

「……」

なんなの!なんなの!なんなの!

みくちゃんが何を考えているのか私には全く分からない。不満があるなら隠さず文句を言うのが前川みくだったはずだ。

 江戸東京博物館を出る頃になると私は徒労感ですっかり疲れてしまっていた。みくも私も気を遣って、美波-ニャとは館内では別行動を取ったために、私はみくちゃんに一方的に話し続け、やがてただ資料に目を通すことだけに集中する時間を過ごした。

 今日は特別な日になるはずだったのに。

どうしてこんなことになったんだろう?

 

 

 

江戸東京博物館を出て、雷門に向かっているとにわか雨が降り出した。

タン、タン、タタン、ババババババ。コンクリートに叩きつけられる水滴。私たちは慌てて、近くにあったビルの小さな軒に避難する。軒は狭く、ドーム型の小さな笠が2つ、3つ飛び出した所の下に入った。必然的に美波アーニャ、そしてみくと私に分かれざるを得ない。

 雨は強くなり続け、横薙ぎの風が体を冷やしていく。タン、タタン、ババババ、タン、タン、タン。

 数メートル先では美波がアーニャと笑い合っている。二人の声は雨の音にかき消されてしまっている。

 ハイビスカスの髪飾りをしきりに触っていたみくの口から息が深く漏れるのが聞こえた。

 ため息をつきたいのは私のほうだ。降水確率なんて0%だったし、折角みくちゃんとデートする計画を立てていたのに、全くの無駄になってしまった。

 私、何してるんだろ。

 いま、私には手と耳だけがある。

 バババババとドラムの音のように鼓膜を震わせる雨音。

それは私の外側だ。なら、この指先に少し触れているだけの手は?わからない。内側?外側?いつも触れているはずの手。これは、私の内側か?私は内と外の境界にあるなにかに意識をむける。手足を動かさないで、頭を動かさないで、じっとショーケースのマネキンになったつもりで、それでも私がここにいて、あの子もいることを確認する。腹立たしい、自分勝手で、理解できない、他人じゃない何かの存在を。

 この子の筋肉が。一、二、三、と動く。

 かすかに身体を揺らしている。

 胸を動かし、鼻から息をしている。少し鼻水の音もする。

 私は渇いている。

 自分のからだの内側に、バババババと機関銃のリズムが満ちはじめていると感じる。満たされない。

触れたい。

冷たい指先、濡れて鈍く光る首筋、滴をためた睫毛。

 私は雨の中に飛び出した。振り返り、大きく胸を膨らませる。

 「らしくないぞ、前川みく!!」

 重くなったコートとレザージャケットを脱ぎ捨てた。おもいっきり歌うには邪魔なように感じたから。

「Over heat?Oh デッドライン

気にしてたら つまらないぜ

思うまま感じるまま 真っ直ぐに

今 走り出す夢とキセキが 光って

ほとばしる beat 抱きしめて Yeah! 歌うから

もう止まらない 熱くきらめく想い

手を伸ばせ もっと高く

君と 君と 君と さあ進もう」

ああ、気持ちいいなぁ。少しすっきりした。

「なんかよくわからないけど、みくちゃんは私の、大切なパートナーだよ。この歌、みくちゃんと歌うの、いつも楽しみでさ、すっごく楽しいんだ。悩んでいるなら何でも言ってほしい。私がみくちゃんを傷つけたならいつもみたいに怒って!解散にゃー!!ってさ。それが、みくちゃんでしょ?」

「ちがうの」

「え?」

「……」

「私に怒ってるんじゃないの?」

「ちがうの。そんなんじゃないの。みくは、りーなちゃんに!頑張ってほしかっただけなの!待って言わせて。りーなちゃんは夏樹ちゃんや、輝子ちゃんや涼ちゃんからたくさんロックやパンクを教えてもらって、ギターも本格的に習って、成長してる!邪魔になりたくない!私、ロック知らないから。りーなちゃん、最近寮に帰るの遅いし、話も少ないから、寂しかったけど、我慢するしかないって思って。私、りーなちゃんの力になりたかったから。でもそのままじゃ、つらくて。つらいって何度も何度も何度も!言ってるのに、りーなちゃんは気付いてくれなくて。それなら、少しりーなちゃんと距離開けて、しばらく見守るしかないやって思ったのに。わかんなくなっちゃったんだよ。どう、話していいか。こんなぐちゃぐちゃな気持ち知らないもん。わかんないもん」

「待って。つらいって、そんなの私、一度も聞いてないよ」

「ごはん、少し残した」

「はっ?」

「大好きなハンバーグ、残したり」

「そんなの、分かる訳ないじゃん!?」

「分かるよ!りーなちゃん、女の子でしょ!」

「そーだよ、女の子さ!だからなに。女の子なら、なんでも分かるって?そんな筈ないでしょ?オトコノコ、オンナノコ、そんな言葉使わないで!私はりーなだよ。りーななんだ!みくちゃん誰を見てるの!私のことを見なよ!」

「見てるよ!りーなちゃんよりずっと、ずっと見てる!りーなちゃんの方が見てないよ!みくのことだって!自分のことだって!りーなちゃん、自分のことも知らないでしょ!歯磨きしているときに、考え事をしていると歯ブラシ噛んでしまうこととか、ロックとか言いながら健康志向の食事ばっかり作ってる所とか!何、あの料理!お塩が全然足りてないよ!りーなちゃん、おばあちゃんなの?」

「おばあちゃんを馬鹿にしないでよ!塩が足りてないって、みくちゃんが塩辛いの大好きなだけでしょ?人のこと言える?みくちゃんの嫌いなアジのほぐしを野菜炒めにこっそり入れていたときなんか、すっごく怒ったじゃないのさ!魚嫌いなのにゃって?ネコキャラなのに魚食べられないってどうなの?それでネコキャラを極めるにゃって筋が通ってないよ。ぐにゃぐにゃじゃん!ネコの額にもほどがあるよ!たまげるなぁ、みくちゃんがネコなのは語尾だけだよ!あと、寝息うるさい!」

「鼻詰まるんだから仕方ないでしょ?それとおっきな声出すにゃ!私たちアイドルだよ!人目についたら良くないにゃ!」

「みくちゃん、プライベートで外に出るときはにゃ!って言わないんじゃないの?人目を気にする前にちゃんと答えて!美波ちゃんとアーニャちゃんの方見ないでさ」

「こんの……」

「え?」

「バカ!」

小さな箱が私のデコに刺さり、地面に落ちた。

「いてて……これ、もしかして」

「……せっかく、頑張ってチョコ作ったのに……ひっく、作ったのに!台無しになっちゃったよおお」

「いや、包装は駄目になったけどほら、袋に包んでるんでしょ?開ければ食べれるって」

丁寧に猫柄のリボンをほどいて、焦げたにおいのするチョコを一つ摘まんで、個包装を外して口に入れた。

「……美味しい?」

「美味しく……はない。なんか焦げ臭いし」

「美味しいって言ってよ!」

「理不尽だ!?」

「でも、食べてくれるのはうれしい……かも」

「食べるけどさ、みくちゃん料理できないんだから、言ってくれたら教えたのに」

「もう!そういう所がりーなちゃんはダメダメだよね!」

「はいはい、ダメダメでいいから、ほら、なんか着替えでも買いに行こう。もう手がかじかんじゃって、うまく動かないから」

「……うん」

「後、美波ちゃんとアーニャちゃんにも謝らないと、二人に気を遣わせちゃったし」

「……うん」

「それで、結局みくちゃんは何が言いたかったの」

「あーあ……なんかりーなちゃんのこと考えるの、損な気がしてきたにゃ」

「なんだよ、それ。あ、そういえば、ほら私もみくちゃんにプレゼント」

「え?」

「なに、要らないの?」

「ううん、いる。ほしい。でもりーなちゃんくれないと思ってた」

「えっ、なんで?」

「バレンタインなんて、りーなちゃん興味なさそうだったし」

「う、そんなことないよ。まあ、雰囲気的にちょっと言いづらかったから」

「もういいよ。……ありがと、りーなちゃん。……」

「えっ、何?」

「なんでもない、さ、行こ。すっごく寒いからココアでも飲みたいにゃ」

「じゃあ、私、美波―ニャ呼んでくるね」

私たちは。

私たちの関係は。

愛情のような、愛情でないような、それともただの勘違いなのか。

ただの友情に過ぎないのか。それとも情愛に振り回されているだけなのか。

そんな綱渡りのスリリング。

私はこの関係がとても好きだ。

雨が止んで、雲間から光が差し込んできた。

私たちの見えない未来のまばゆさに目を細めながら、私は先を歩いているみくちゃんの元に走っていった。

                                          END

 

駅付近の洋服店、出口。

「ミナミ、チョコレートです。一生懸命作りました!」

「ありがと、アーニャちゃん。私も、はい」

「ヤ シャスリフ!!!」

「「!!??」」

その後、チョコをスムーズに渡し合える美波-ニャのアダルトなカッコよさに衝撃を覚えたみくりーなが美波の大人の秘密を探り始めるのはまた別の話。

ニュージェネSS「ガードレール」

土曜、ラジオ収録後。

―渋谷―

本田未央「うーん、収録後のから揚げはやっぱり格別ですなぁ」

渋谷凛「うう、見てるだけで胸やけしそう。毎週食べてて飽きないの?」

未央「無論だよ、しぶりん。このサクッと香ばしい衣と、あふれ出るジューシーな肉汁のハーモニー。いつ食べてもいいものですなぁ」

凛「よくわからない……。最近はただで人目を引きやすいんだから、ちょっと自重してよね」

未央「しぶりんは相変わらずお堅いのう、ね、しまむー?」

島村卯月「はい!はむ、おひひひです」

凛「あ、もう。卯月まで」

未央「だってしぶりん!渋谷だよ?せっかく来たんだから、から揚げを食べないともったいないって!」

卯月「私もから揚げ大好きです!」

りん「そんなにから揚げ有名だったかな……」

 

夕方

凛「もう日が暮れ始めてる。まだ5時になったばかりなのに」

未央「……」

卯月「……」

凛「……」

未央「時間が過ぎていくのは早いね」

凛「うん。少し前まではシンデレラの舞踏会であんなに騒がしかったのに。それからはあっという間で。なんだかもう、夢の中の出来事みたい」

未央「お芝居とか挑戦することは沢山あるんだけど。サイリウムがこう、一面にぱあって広がっている感覚がやっぱり忘れられないよね」

凛「うん、星の海って感じで。すごかった……」

卯月「早く、ニュージェネのライブ決まらないですかね」

未央「うーん、練習で集まることがないと、三人でこうして自由に行動出来るときってもうこの時間くらいだもんね」

凛「……」

未央「……」

卯月「え、えと!」

凛「?」

卯月「ステージを積み重ねて、少しずついろんな人と出会って、大事な人たちも増えていって。たしかにこうして一緒にいられる時間は減ってしまいましたけど。でも、一歩進むたびに思うんです。こんなキラキラしたステージに私が立っているなんてやっぱり夢みたいで、りんちゃんとみおちゃんがここまで引っ張ってくれたからだって。多分、これからも私、自分に何ができるんだろうって分からなくなるとおもうけど、でも私、やっと歌う理由ができたんです。二人がいてくれたから!だからくじけても今なら笑顔でいられる気がするんです」

凛「卯月……」

卯月「りんちゃん」

凛「は、はい?」

卯月「みおちゃん」

未央「な、なにかな?」

卯月「私、ニュージェネレーションが大好きです!だから、こうして三人でいられる時間をこれからも大事にしたいです」

凛「卯月……」

未央「しまむー」

卯月「えへへ、具体的にどうしようとかないんですけど……」

未央「う~~~」

卯月「未央ちゃん?」

未央、うずくまったかと思いきや、いきなり走り出し、一車線のガードレールをジャンプして飛び越える。

周囲の歩行者、驚いて未央に注視する。

未央「時間、もったいないよ!一緒にさ、もっと楽しも!ほらほら、早く、しまむー!しぶりん!」

凛「ちょっ、うちらスカートだよ!みんな、その、見てるし」

卯月「はい!島村卯月、頑張ります!えい」

卯月、走ってガードレール前に来ると、よいしょよいしょとガードレールを脚をまたいでよろめきながら越えてくる。スカートから覗く絶妙な太腿のラインに歩行者の目がちらつく。

卯月「はい!」

未央「よくやった、しまむー!ほら、しぶりんも早く早く」

凛「えっ……」

卯月「りんちゃん、ファイトです!」

凛「いや、だからスカート……」

未央「大丈夫、大丈夫、誰も見てないから!」

凛「ううう」

 

 

                                 凛

              _________________________

                           卯    未

 

 

 

                                 凛

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                           卯    未

    

 

 

                           凛””

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                           卯    未

 

 

 

             凛” ”

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                           卯    未

 

 

 

                                  

       凛”   _________________________

                           卯    未

 

 

                                 

 

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         凛       卯           未 

                                 

 

 

 

              _________________________

                         卯’ 凛  未’

  「「「………………………………」」」

 

凛「ッ……ホラ、行くよ!」

未央「ぶっ、しぶりんっ……ぷぷぷ」

凛「こら、未央!」

卯月「りんちゃんはかわいいです!」

凛「そういうのは奈緒に言ってやってよ……。次はどうすんの」

未央「実はヒカリエ、デパ地下の試食売り場が気になっててですね」

凛「もう、夕飯時だよ……あれ、卯月?」

卯月「あっ、すいません。ガードレールの白いのがついちゃったみたいで」

卯月、腰を曲げて、繊細な指で上品にスカートをなで払う。

凛「……ッ」

卯月「はい!取れました!て、あれ?」

未央「ううう」

卯月「どうしましたか?」

未央「天然おそるべし!」

卯月「えっ?えっ?」

未央「しまむーが結婚するまで、あたしたちがちゃんと見てあげないと!悪いムシがつかないように。ね、しぶりん!」

凛「う、うん」

卯月「ど、どういうことでしょうか?」

未央「いいのいいの、しまむーは大船に乗った気持ちでいてくれたまえ!さー行こ!ヒカリエにはサックサクのコロッケがわたしたちを待ってるよ」

卯月「は、はい!」

未央「ほら、しぶりん」

凛「だから、買い食いはほどほどにしなって!」

未央、卯月と凛の肩を押しながら歩いていく。

凛はネクタイを直すふりをしながら、そっとシャツの胸元を握る。

凛(少しだけ、卯月を独り占めしたくなったなんて、そんなこと絶対に言えないなぁ)

                    END

宮本フレデリカSS「パンデミック」

―346プロダクション レッスンルーム―

宮本フレデリカ「フレー♪フレー♪フレデリカ♪」

ベテラントレーナー「こら、フレデリカ、別の歌を歌うな」

塩見周子「お、今日は微妙に違うねぇ」

大槻唯「……」

アナスタシア「……」

 

 

―346プロダクション プロジェクトクローネ控室―

宮本フレデリカ「フンフンフン♪フレー♪フレー♪フレデリカ~♪」

鷺沢文香「ふふ、なんだか応援歌みたいですね」

北条加蓮「フレっちがいると妙に元気が出てきますよね」

神谷奈緒「……」

北条加蓮「……」

 

 

後日

 

―ライブ会場―

ステージで橘ありすと文香が歌っている。

一方、控室。

クローネ一同、モニターに顔を寄せている。

宮本フレデリカ「フレー♪フレー♪フレデリカ♪」

唯、奈緒、アナスタシア「フレー♪フレー♪フレデリカ!」←すでに馴染んでいる。

周子、加蓮「フレ―♪フレー♪フレデリカ♪」←悪ノリ。

渋谷凛「フレ……フレ……デリ……カ」←いやいやながら、加蓮に言わされている。

P「奏、どういうことか説明して」

奏「無理です」

P「もはや、誰を応援しているのか」

奏「そもそも、いつ応援歌になったかも謎です」

千川ちひろ「大変です、P!」

P「どうしたんです、ちひろさん」

ちひろ「シンデレラプロジェクトの皆さんが、フレデリカコールをしてるんです!どういうことなんですか!」

P・奏「!?」

ちひろ「特に未央さんとみりあちゃんと莉嘉ちゃんが」

P(本田未央の仕業か)

奏(未央ちゃんが広めたのね)

美城常務「P」

P「これは常務」

美城常務「ふっ、シンデレラプロジェクトもようやくクローネの凄さに気づいたようだな。ふっふっふ」

P(それは違います、常務……)

 

 

 

橘アリス「これが、パンデミックですね……なるほど」

P・奏(色々間違っている……!!)

                             END

中多紗江SS 『BADEND、その後』

中多紗江は夢を見ていた。クリスマスイヴに橘と街を歩いている夢だった。それからパパに頼んで取ってもらったプライベートルームのチケットで誰にも邪魔をされずに映画を見る。本当の恋人のように仲睦まじく、二人はぴったりと寄り添っていた。だが紗江が愛を求めて縦横無尽に駆け回る映画の人物に憧憬を抱いたほんのわずかの隙に、橘は紗江の手を離れ、姿を消してしまった。映画館はとても広く、観客はあまりに多い。プライベートルームを飛び出した紗江はどこまでも続く人の波から橘を探し求めて、狂ったように歩き続けた。先輩!先輩!……純一せんぱい!声を嗄らしていくらその名を呼んでも、返事はない。ポーチを落とし、コートも落とし、ヘアゴムが取れて髪を振り乱しながら、紗江は朦朧とした足取りで歩き続けた。凍えるような冷たさと疲れのためにゆっくり意識が遠のいていく。

 紗江がようやく橘を見つけたのは、スクリーンの中だった。彼は冷たいモノクロのスクリーンの中の主人公となり、永遠に同じシーンに刻み込まれていた。

「そんなところにいたんですね、せんぱい……。やっぱりすごくかっこよくて、ステキです……あの、目を離してしまってすいません。怒っちゃいましたよね。私、次は目を離しませんから……。だから、だから、もう帰ってきていただけませんか……。先輩がいないと私……」

紗江はスクリーンの中の橘に頬ずりして、涙を流した。自分もスクリーンの中に入ろうといて、手や頭を酢酸ビニールの生地にこすりつけ続けた。

先輩、と叫んで、泣きながら目を覚ました。呆気にとられた女教師を前にして、紗江は自分が全寮制の女子高に入れられていることを思い出し、物思いの泥沼に沈みながら席についた。教室中の好奇に満ちた目が自分に刺さるのを感じながら、なお紗江は気にも留めなかった。それは現実よりもくっきりとした、奇妙にリアルな夢だった。あの日、紗江は映画館に行くことはなかった。

そして、橘を失ったときのあの喪失感。もう二度と触れることはできないのだという恐怖感。映画の中に彼を見つけたときの絶望の深さまでも、息苦しいほどの圧倒的な現実味を帯びて襲いかかり、刺すように胸をしめつけるのだった。私、何を間違えてしまったんだろうか。紗江は後になって何度も思い返すことになる。橘が本当に紗江の前から姿を消してしまったあとになって、何度も何度も、あの悪夢の説得力について考え、細部に至るまで反芻し、どこかに読み取るべきメッセージが潜んでいはしまいかと、空しい検証を繰り返すのだ。

          つづく

星輝子SS セーフ?アウト?

ーシンデレラプロジェクト事務所ー

「お邪魔します……あら?小梅ちゃんはいないみたいね」

「きのこ~きのこ~ぼっちのこ♪ほししょうこ~♪」

「……?」

速水奏がデスクの前を通ると、デスクがガタッと揺れ、歌が聞こえなくなる。

「……だれ?」

速水がデスクの下をのぞき込むと星輝子が驚いて身を縮める。輝子の足元に注意書きがおいてある。

「『星輝子さんはおやすみ中です。急に大声を上げたり、知らない人が近づいたりすると怖がることがあるので、お気を付け下さい プロデューサーより』か。ふふふ、これじゃ動物園みたいじゃない。あのプロデューサーさん、面白いなぁ、ねぇ星輝子ちゃん」

「……!(ビクビク)」

「……なに、してる……の?」

「小梅ちゃん、ハロー」

「……はろー?輝子ちゃん……どうした、の?」

小梅、ビクビクしている輝子に近づき、輝子の口元に耳を近づける。

「……ッ!……ッ!」

「……うん、なるほど……なるほど」

「なんて、言ってるのかしら?」

「……んとね、奏ちゃんの……ふんいきが、ちょっとこわい……みたい」

「うーん、それはちょっと傷つくなぁ」

「輝子ちゃんは……クールびじんが、すこしだけ……にがて」

「えっ?でも輝子ちゃん、楓さんとは平気で話せてたけど」

「……ッ!……ッ!」

「……うん、なるほど……なるほど」

「……なんて言ってるの?」

「楓さんは……なかまだから……って言ってる」

「?」

「……ッ!……ッ!」

「……きのこなかま、だって」

(!?それって楓さんの髪型のこと!?)

 

どこか釈然としない奏さんでした。

END

 

 

デレステSS「小梅の映画鑑賞会 速水奏GUEST編」

小梅の映画鑑賞会 速水奏GUEST編

 

小梅の自室。

「……楽しかった」

「ふふふ、よかった。『永遠のこどもたち』、小梅ちゃんはもう観てるかなって心配だったんだけど」

「ん、ホラーの棚で見かけたこと、なかったから」

「うーん、たしかにレンタルショップだとなぜかSFとかドラマの棚に置かれているものね」

「でも……ちょっと、わかる。こわいけど……かなしくて、しあわせ?」

「そうね、みんな向こうに行っちゃったけど、そっちの世界も妖しくて、どこか美しくて。そういう永遠も幸せなのかもって私も感じた」

「うん、ひとりよりみんなといっしょに。わたしもシモンとおんなじきもち」

「ふふふ、気に入ってくれてよかった」

「んと……ありがとう」

「どういたしまして」

「あっ……」

「どうしたの?」

「さっちゃんが……」

「輿水、さん?」

輿水幸子、カエルのクッションを絞るようにきつく抱きながら固まっている。

「さっちゃん……」

と小梅、幸子の首筋に裾をそっと撫でる。

「んひいいいいいいいい、ボクは!怖くないですよ、ボクは!」

 

数分後。

ずびずびとアップルティーを飲む幸子。

「さっちゃん……こわいの苦手?なのに見にきてくれた。やさしい」

小梅、ベッドに腰掛け、カーペットに体操座りしている幸子の鎖骨に緩く手を置いている。

クスクスと奏は微笑む。

「は、速水さん、笑わないでください!」

「ううん、そうじゃないの。二人がとっても仲よしみたいだから」

「うん……さっちゃんは、大切なお友達」

「小梅さん」

「この子と、おなじくらい……」

「ブフーーーー!(紅茶を吹く)」

またおかしそうに笑う奏。

「輿水さんはカワイイわね」

「め、面と向かって言わないでください!いや、ボクは確かにカワイイんですけどね!」

「うん、カワイイわよ。ホントにね」

「う、うーーー!」

カエルクッションで頭を塞ぐ幸子。

「なんだかふしぎ、こうやって小梅ちゃんや輿水さんと一緒に映画を見て、楽しくお話しするなんて、一年前は想像もしてなかったわ。映画をみんなで見ることなんて今までなかったから」

「は、奏さんはお友達と映画を見たりはしなかったのですね」

「うん、男の子は遠慮ぎみだったし、友達の女の子ともそういう機会がなかったから」

困ったような笑いを浮かべる奏。

「ボ、ボクもそうとーなもんですけど!でもか、か、奏さんはちょっと背が高くてセクシーだからですね!えと、いいと思いまふ」

「さっちゃんが噛んだ……」

「ねえ、小梅ちゃん」

「なに……?」

「幸子ちゃん、もらってもいい?私、妹にしたいわ」

「ダメ。さっちゃんはしょーこちゃんと私のもの」

「白坂さん、勝手にボクを所有しないでください!ボクはボクを愛する多くのファンのものですから!」

「ちぇっ……」

と、奏のスマホが振動し、奏が電話を取る。

「うん、……うん、もうすぐ帰るから。心配しないで。じゃあね、パパ」

電話を切る奏。

「ごめん、もう帰らなきゃ。小梅ちゃん、幸子ちゃん、今日はありがと。とっても楽しかったわ」

「わたしも、楽しかった……バイバイ」

「帰りは気をつけてくださいね!プロデューサーさんみたいな変な人がいるかもしれませんからね!」

奏、笑って部屋を出る。

「お父さんのこと、パパって呼んでいましたね、奏さん。流石という所ですかね、白坂さん。って、白坂さん?」

小梅、部屋からいなくなっている。

 

寮の玄関。

白い息を吐きながら歩く奏の後ろからパタパタと足音が聞こえる。

「あら、どうしたの小梅ちゃん」

「んと……これ」

フランスのホラー映画のDVDを取り出す。

「わたしも……奏さんとホラー映画見るの、すごく好きだから。今度はわたしの……おすすめをいっしょに、みよ?」

はっとして、奏、小梅をゆっくりとハグする。

「映画の幻想的な美しさに憧れることもあるけど、ふふ、現実も悪くないなって思うわ。ありがと、小梅ちゃん」

「えへへ……」

「それじゃ、また遊びに来るわね」

「……またね」

「うん、また」

奏は小梅と別れ、自宅へと向かう。

その足取りはいつもよりもわずかに軽い。

 

 

 

 

 

一方、幸子。

「白坂さん、ついに幽霊に連れ去られてしまったというのですか!?白坂さん、返事をしてください!白坂さーーーん!」

その後、幸子は寮母にこっぴどく怒られたのだった。

 

END